医療教育情報センター

No45 「ぼけ」と認知症
       

 平成16年12月、厚生労働省は痴呆という呼び方を認知症に改めた(医療ニュースNo40)。痴は「おろか」、呆は「ぼんやり」という意味であるが、「ぼけ(呆気)」、「あほう(阿呆)」は日常的にも使う。しかし、「痴」に関しては、侮蔑的であるとして今回の改称となった。
 認知症というと、一般に「何もわからなくなってしまう」というイメージがあるが、最近、認知症の当事者が自らの体験や気持ちを発言するようになり、こうしたイメージが誤りであることが明らかになってきた。知能の低下はあっても、感情の働きはかなり末期まで維持されているのである。
 46歳で若年性認知症を発症したオーストラリアのクリスティーン・ブライデンさんは、体験を手記に綴り、講演活動を行っている。彼女は発症後、結婚もしている。その活動ぶりから認知症の診断を疑う人もいるため、脳の萎縮を証明するMRの写真を持ち歩いているという。
 誰でも年をとると物忘れがひどくなり、「ぼけてきた」ことを自覚するようになる。年齢相応の記憶障害は体験の一部を忘れる良性健忘であるが、認知症の場合は体験したこと自体を忘れる悪性健忘として区別する。少し前に食事をしたことすら忘れる。しかし、最近、生理的なぼけと病的な認知症との間に位置する軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment : MCI)から認知症に進むことが分かってきた。言い換えると、生理的なぼけと認知症とは別のものではないということである。
 高齢者は廃用性萎縮といって、使わない箇所があっという間に衰える。身体だけでなく、知能も例外ではない。もともと、健康は身体・心・社会(家庭/職場/地域)が健やかな状態にあることであるが、現代の日本は“社会の健康”が損なわれているともいえる。認知症を病気、他人事として考えるのではなく、普段から家族とコミュニケーションをはかり、積極的にボランティア活動などで社会にかかわっていくことが必要である。(TI)

(No045;2005/08/12)


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