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「医療用語言い換え」提案について

 国立国語研究所は、医師が患者に説明する際に使用している言葉で患者に分かりにくい用語を、別の言葉で言い換えるよう提案した報告書を公表した(平成20年10月21日)。
 その報告書を見ると、病院の言葉を分かりやすくするための工夫として、類型A: 認知率が低く一般に知られていない言葉。類型B: 認知率は高く一般に知られているが、理解されていなかったり、知識が不確かだったり、混同されたりする言葉。類型C: 重要で新しい概念を普及させる。の三つに分けている。
 例えば類型Aには「エビデンス」、「寛解」、「重篤」などを挙げ、類型Bには「潰瘍」、 「膠原病」、「メタボリックシンドローム」など、類型Cには「インフオームドコンセント」、「セカンドオピニオン」、「プライマリケア」などを挙げている。
 最近、医療の現場では医師や看護師は、患者に出来るだけ分かり易い言葉で説明しようとする努力を行ってきている。これは特に日本医師会が平成2年に出した「説明と同意(インフオームドコンセント)」の報告書や平成11年の「診療情報の提供に関する指針」などが医師の間で周知されて以来、患者に対して分かりやすく説明することは積極的に推進されてきている。現実にこうしたことは医学部のカリキュラムや研修医のプログラムにも記載され、今や徹底して教育されている。
 それにも拘わらず、この期においてこの問題を国立国語研究所が取り上げ、個々の医学用語について類型化し、医療従事者に周知させようとする必要があるのだろうか。
 そもそも専門用語というものは、どの分野にも存在し、その分野の専門家は日常用いているものである。それ以外の領域の非専門家は分からないのは当然である。従って専門家と非専門家の混在する一般社会では、素人である非専門家に対して分かりやすい言葉を使うよう努めるのは何も医療の世界だけではない筈である。
 因みに最近の金融危機ということで、一般紙の経済産業欄を見ると、「キャピタルゲイン」、「時価会計凍結」、「自己資本比率」、「ヘッジファンド」、「ストックオプション」、「ウルグアイラウンド」など、数え切れないほどの経済用語がそのまま掲載されている。その領域の読者は理解できても、この新聞を読むすべての読者が分かっている訳ではない。おそらく分からない用語で関心があれば読者は、用語事典で調べるだろう。国立国語研究所が他の領域の言葉はそのままにしておいて、なぜ医療用語だけの言い換えを主張したのか理解できない。今後、法律、教育、政治、経済など、順次すべての用語に手を出していくのだろうか。  今回の国語研究所の提案を読むと、「膠原病」と言う言葉の意味を正しく理解している国民は4割に達していないということを「病院の言葉の分かりにくさ」の理由に挙げている。これを理由にするのはおかしい。健康で平和に暮らす一般市民が、「膠原病」の意味を知らなくてもよいのであって、不幸にして「膠原病」に罹った時、医師からじっくり説明を聞けばよい筈である。
 「エビデンス」にしても、これは通常の英語であって辞書を引けば、「証拠」という和訳であり、特別な医学用語ではない。日常会話のなかでも、「エビデンス」とか「コミュニケーション」といった言葉を使っている人は多いだろう。
 確かに医学用語は明治新政府によるドイツ医学採用以来、難解な言葉が多かった。第2次大戦後、アメリカ医学が導入されてから大分改革された。それでもなお、医師が説明する話の中には知らずのうちに用いられる専門用語は多いかもしれない。
 もし国語研究所が医学界に対して提言するなら、それは「患者に対してできるだけわかりやすく説明して欲しい」という理念だけでよいと考える。(NH


医療用語 病院の言葉 インフォームドコンセント 診療情報の提供 国立国語研究所
(No055r;2008/10/27)

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