医療教育情報センター

新型インフルエンザはブタから来た

   高病原性の新型鳥インフルエンザが世界的に流行するのではないかと心配されていたが(医療ニュース 119)、その懸念されていた新型インフルエンザはトリからではなく、ブタからヒトへ感染してきた。今回のブタインフルエンザの病原性は強くなく、現在までの情報では、死亡率は通常の季節性インフルエンザとそれ程変わらないようであるが、その伝染力は強く、世界中に流行が広がっている。今後、さらに感染者数が増加していくことが予想される。
 平成21年5月7日現在WHO(世界保健機関)の発表によると、世界24か国に蔓延し、感染者数2131人、死者44名であるという。国別では今回の新型インフルエンザ発生国のメキシコが感染者1112名(死者42)、米国642名(死者2)、カナダ201名、スペイン81名、英国32名、ニュージーランド20名と、4月13日に初めてメキシコで患者発生の報告があってから瞬く間の大流行を来たしている。
 かねてから新型インフルエンザの発生を懸念していたWHOは、万一に備えて警戒レベル(フェーズ)を設定していたが、今回の流行状況から早い時期に警戒度フェーズ5「世界の6地域のうち、1地域の複数国で継続して流行が続く」の措置を取った。5月7日現在、フェーズ6「6地域のうち2地域以上で流行が続く」に引き上げられるのも時間の問題とされている。しかし警戒度といっても、これはあくまで流行の程度を示す指標であって、インフルエンザの重症度(死亡率)ではない。今回のブタインフルエンザは幸いにも重症例の発生は少なく、死亡率も低いとWHOでは発表している。しかしインフルエンザはあくまでもインフルエンザであり、侮ってはならない。いわゆる通常の「かぜ」と異なり、高熱が出て呼吸器症状や全身症状が強く、抵抗力の弱い人では肺炎を合併しやすい。まして今回の新型ブタインフルエンザウイルスが、ヒトからヒトへと感染を繰り返していくうちに、強毒のウイルスに変異しないとも限らないだけに厳重な監視が必要である。
 そもそもインフルエンザウイルスは内部タンパクの抗原性の違いによってA,B,Cの3型に分類される。毎冬繰り返し流行するのがA型とB 型であり、A型は数十年に一度、新型ウイルスが出現して地球規模の大流行を起こす。
 インフルエンザの大流行は歴史的にもよく知られており、紀元前5世紀のペロポネソス戦争でアテネ敗北の原因はインフルエンザの流行によると言われている。周期的な発生が見られるため、16世紀のイタリアの星占いが、これは星や寒さの影響(influenza)であると考え、インフルエンザという名称がついたといわれている。記録を見ても1700年から1900年までの間に世界的大流行は16回あったというが、20世紀に入って有名なのがまず、スペインかぜ(1918年〜1956年、H1N1)で、全世界で感染者は実に6億にのぼったといわれる。 その後、1948年のイタリアかぜ(H1N1,約10年間流行)、1957年のアジアかぜ(H2N2、約10年間流行)と続き、1968年香港かぜ(H3N2)、1977年のソ連かぜ(H1N1)はともに現在も小流行が続いている。
 A型インフルエンザの場合、ウイルスの種類によって、H,Nというアルファベットが付けられているが、それはA型インフルエンザウイルスの粒子表面には赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)があり、HAはH1からH16、NAはN1からN9までの亜型があって、その組み合わせでウイルスを分類している。A型は同じ亜型でも毎年少しずつタイプが変わるので(連続変異という。いわばマイナーチェンジ)、一人の人でも毎年インフルエンザに罹るのはそのためである。新型インフルエンザとは、数年から数十年で突然、全く別の亜型になることで(不連続変異、いわばフルモデルチェンジ)、これが地球規模の大流行を起こす。
 A型インフルエンザは、ヒト、鳥類、ブタ、ウマ、アザラシ、クジラなどの多くの動物を自然宿主としており、人獣共通感染症の代表である。とくにカモなどの水禽類の腸管にはすべての亜型ウイルスが不顕性感染として広く存在し、これらのトリが季節的渡り鳥となってさまざまな亜型ウイルスを地球規模で散布・伝播している。とくにH5N1は、病原性が強いとされている。
 一方、ブタの呼吸器上皮には、ヒトのウイルスもトリのウイルスも結合できるレセプター(受容器)があるため、ブタは両方のウイルスの感染を受ける。亜型の異なるトリとヒトのインフルエンザウイルスが同時にブタに感染すると、トリ由来のHAやNA遺伝子をもつヒトの新亜型ウイルスが誕生することになる。過去の新型ウイルスであるアジアかぜや香港かぜウイルスは中国南部で出現しており、このときの遺伝子解析の結果では、いずれもブタを介する遺伝子交雑機序によってトリ由来の新亜型ウイルスが登場したことが証明されている。中国南部は、アヒル(渡り鳥のカモから感染)、ブタ、農民が密接に生活している環境であるから、ブタにトリとヒトのウイルスが重感染する機会も多く、遺伝子交雑による新亜型ウイルスが誕生したことが予想された。
 今回の新型ブタインフルエンザは、報道によればメキシコのある養豚場で飼育されていたブタが発生源とされている。そのタイプはA型、H1N1であるというが、ウイルス学的解析結果はまだ発表されていない。WHOによると、感染力は強いが、弱毒性で感染しても比較的軽症で済むというが、若年者に多いことは通常のインフルエンザと異なり、また既存のワクチンが効力を持たないことから新型インフルエンザワクチンの製造を急いでいるという。治療としては、従来のインフルエンザに用いている「タミフル」や「リレンザ」が新型にも効いているようである。重要なのは予防であって、流行地への旅行を避けることは当然として、日頃から健康に注意した生活を送るよう心がけるべきである。外出から帰ったら手洗いを励行し、咳が出るような人はマスクをすることを勧めたい。わが国では5月7日現在、まだ新型インフルエンザ感染者の報告はないが、徒に過剰に反応するのはよくないが、万一の発生時に備えてインフルエンザについての知識を身に付けておき、日用品や薬品などを準備しておくことは大切である。
 なお5月8日の新聞報道によると、新型インフルエンザによる世界の感染者数はさらに増加しており、今後さらに警戒を続けることが必要である。(NH

(No061r;2009/05/08)


追加

 懸念されていた新型インフルエンザがとうとう発生したということをこの欄に掲載したのは5月8日だった。そのとき、まだ日本では発生していないと書いた矢先、9日早朝、厚労省はカナダ帰りの大阪の高校生ら3人に新型インフルエンザの感染が確認されたと発表した。
 8日午後に成田に着いた米国デトロイト発ノースウエスト航空25便の機内検疫で男子生徒1人と男性教諭に簡易検査でA型インフルエンザの陽性反応が出、 さらにもう1人の生徒が機外に出た後、症状を訴えA型陽性反応を示し、計3名が国立感染症研究所で確定検査の結果、9日早朝新型インフルエンザと確定された。3人は検疫法に基づいて成田市内の感染症指定医療機関に隔離入院した。これで感染国・地域として日本は28番目になる。
 この大阪の高校生たち30名、引率教諭5名は国際交流事業としてカナダに約2週間滞在し、そこで感染したものと思われている。同便には乗客388人、乗員21人の計409人が乗っていたが、「濃厚接触者」49人は「停留措置」として成田市内のホテルで10日間健康状態が観察され、外出が止められている。他に健康状態の追跡が必要な同乗者は163人いるといわれ、現在確認を急いでいるという。
 こうして追加原稿を書いている10日夜、先の大阪の高校生がもう1名感染が確認された。世界の感染者数も4353人(9日現在)と4000人を超した。いかに感染力が強いか窺える。
 新型インフルエンザウイルスは感染してから発症まで2〜7日かかり、発症後、感染力は5〜7日持続するという。強い感染力を持つウイルスだけに万一、感染・発症したら患者の隔離を確実に行うことが必要である。検疫による水際対策は勿論重要だが、そこだけを強化するのでなく、患者の早期発見、早期治療などの対策にも力を注ぐべきである。 (NH

(No061r;2009/05/11)


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