医療教育情報センター

植物状態からの帰還

   2009年3月28日、NHKテレビのスペシャル番組で、「私の声が聞こえますか〜植物状態からの帰還〜」と題して、いわゆる植物状態(遷延性意識障害)の治療について放送され、大きな反響を呼んだ。
 日本脳神経外科学会による遷延性意識障害の定義は、@自力で移動できない、A自力で食べることができない、B大小便を失禁している、C目はものを追うが認識はできない、D簡単な命令には応ずることもあるが、それ以上の意思の疎通ができない、E声は出すが意味のある発語はできない。この状態が3か月以上継続していることをいう。つまり、目はパッチリ開けているが周囲に何が起っているのか、誰なのか分からない状態である。交通事故による外傷、脳卒中、酸素欠乏状態等により脳に損傷を受けるとこうした意識障害となるが、現在、全国で患者数は3万人を超えるとされる。
 植物状態の患者は回復の見込みがほとんどないとしてこれまで積極的な治療は行われてこなかった。しかし諦めない治療によって回復の可能性があることが明らかになってきた。
 実は、1992年6月、同じNHKスペシャルで「あなたの声が聴きたい〜“植物人間”生還へのチャレンジ〜」と題して放送された。この時は、札幌市郊外の脳神経外科病院を舞台に、看護師が中心となって植物状態と診断された患者たちに対する独自の治療と看護の取り組みが放映された。意識がなくてもベッドに座らせたり、食物を食べさせるなど日常の生活を繰り返すことにより脳細胞を刺激し、意識の回復に繋げていく。こうして、意識の回復は無理と思われていた患者が意識を取り戻す6カ月間の記録をリポートした。今回は、この考え方を発展させ、全身の感覚を刺激し成果をあげている筑波大学病院の実践を紹介すると共に、脳刺激療法によって成果を上げている日本大学の試みが紹介された。
 意識障害に対する脳刺激療法には、大きく日本大学脳神経外科グループが牽引役を果たしている脳深部刺激療法(DBS、deep brain stimulation)と藤田保健衛生大学脳神経外科グループがリードしている脊髄刺激療法(SCS:spinal cord stimulation) がある(加藤正哉:生体の科学58:11-20,2007)。
 遷延性意識障害に対するDBS療法の最初の報告は1969年と古く、脳深部の覚醒に関する核を電気刺激する方法である。脳内に刺入した刺激電極と前胸部皮下に埋設した刺激装置を結び慢性刺激を行う。一方、SCS療法は、1985年、神野らにより開発され、脊髄の2番目の頚椎の中の後索を電気刺激する方法である。いずれもイメージ的には心臓ペースメーカー類似の刺激装置を皮下に埋め込む形となる。
 治療効果については、日本大学グループが2005年に報告した論文によると、DBS刺激の効果は3〜6か月後より出現し、10年間の追跡ができた21例中8例が植物状態から脱却し、何らかの意思疎通が図れるようになっていた。1例ではベッドを離れて生活できるまで回復したという。
 SCSについては、神野らは1985年より200例にこの治療を行い、著効37例、有効71例だったと報告している。有効例は外傷由来で年令が若く、脳の局所血流が保たれていた。  脳刺激療法の効果は、植物状態に陥った原因疾患に左右され、頭部外傷であれば期待されやすい。脳血管障害も比較的効果を期待できるが、くも膜下出血後の脳血管攣縮による広範な脳梗塞症例には改善例がほとんどない。
 これらの治療法の効果は決して高いとはいえないが、患者家族は毎日回復への期待を持ちながら介護しており、「少しでも改善する方法を教えてほしい」という要望が強い。なんとかコミュニケーションをとって「もう一度、声を聞きたい」という気持ちを察すると、希望を与える試みであると言える。(TI

(No062r;2009/06/05)


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