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がん哲学外来

   「がん哲学外来」は、「医師と患者が対等な立場でがんについて語り合う場」として順天堂大学医学部附属病院で2008年1月から3ヶ月間の期限付きで試行的に始めた特別外来である。治療の難しい進行がん、再発がんの患者が殺到したという。
 発案者は順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授の樋野興夫(ひの・おきお)先生である。樋野先生は長年病理学者として顕微鏡を覗いてがん研究に携わっていたが、2005年にアスベストが原因とされる中皮腫のがん患者の多発が表面化した時に、中皮腫の検査方法を開発したことから、急遽「アスベスト・中皮腫外来」を立ち上げ3か月間外来診療を行った。中皮腫は発見されたときには末期であることが多く、治りにくいがんと言われている。がん患者と接するうちに、今のがん医療に足りない点は何か、を真剣に考えるようになったのが、「がん哲学外来」誕生のきっかけという。
 「がん哲学」とは何かについては著書(がん哲学外来の話、小学館)のなかで次のように説明している。「私流にいうと、20歳から独学で学び続けてきた南原繁(元東大総長)の『政治哲学』と、元癌研究所所長・吉田富三の『がん学』をドッキングさせたもので、科学者としてのがん学を学びながら、がんに哲学的な考え方を取り入れていく領域がある」という。そして「がん哲学外来」とは、「診療ではなく、セカンド・オピニオンでもなく、がん相談や心理カウンセリングとも違う。がん哲学外来は日本のがん医療に足りないもの、気付いていない「何か」を埋める「すき間サイエンス」であり、がん医療改革のための「場の設定」である」という。すなわち自分のがんをよく理解し、腹を決めて、確信的に治療に専念できる環境をつくることが、今の日本のがん医療ではできない「すき間」であるとしている。
 「がん哲学外来」の具体的な場としては、病院外、それも喫茶店がいいという。診療ではないので、カルテも検査結果も必要としない。次回の予約もない。約1時間かけて患者と家族の話を傾聴する。そしてプロフェッショナルとして一歩踏み込んだ意見をいう。これを樋野先生は「偉大なるお節介」と呼び、的確な治療について、患者の意思を尊重して医師の意見を押し付けないとしながらも患者さんの利益になると思うことは一歩も二歩も踏み込んで患者さんと向き合うことが重要であると述べている。さらに悩みを聞きながら、青年期から愛読する政治学者や哲学者、がん研究者の著作や体験から生まれた「人生の言葉」を探る。個々の患者の悩みや迷いに応じてよく知られている警句や箴言、人生訓をできるだけ短い簡潔な言葉にして渡す。言葉の力がその人を支え、力づけてくれるようにと祈りつつ、その技を説明している。がんと共に生きることは生易しいことではない。患者のこれからの人生の軸を築くためのケアといえる。
 がん哲学外来は現在NPO法人(www.gantetsugaku.org)としてその活動を継続している。(EN

(No066r;2009/10/26)


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