医療教育情報センター

No78 ピロリ菌からの教え


 今ではピロリ菌が胃炎、胃潰瘍そして胃癌まで惹き起すであろうことは世界的によく知られている、日本人で50歳以上の人の半分以上、いや7割以上の人達はピロリ菌に感染していると言う。
 ウイルスとは異なり、顕微鏡で見えてしまう細菌が何故今まで発見されなかったのか? 日本は胃の病気を持っている人が多く、消化管内視鏡検査は世界で一番発達しているであろう。そして内視鏡で粘膜組織を採取して顕微鏡で検索する胃生検(biopsy)(bioは生きている、psyは視る)の病理診断数は世界で一番多いであろう。日本の病理医は胃生検を毎日々々沢山観ている筈である。一部の病理医は胃生検の検体の中に細菌がいることに気付いていただろう。では何故ピロリ菌は日本で発見されなかったのか。胃液は塩酸を持ち、強い酸性であるので細菌は生存し得ないと長い間信じられ、学生の頃からこれは常識だと教えられてきた。実は病理医である私も気付いたことがあるが、常識の範囲を超えられなかったので、組織を採ったあとホルマリン固定液へ直ぐに入れなかったために細菌が生えてしまったのではないかとか、食べ物とともに飲み込んだ細菌が胃粘膜に付着したが、それが未だ死滅していない時期であろうと勝手に解釈していたのである。病理医である私は自分の気付きの無さと常識の枠内でしか考えられずにいたことが恥ずかしい。
 ところがオーストラリアの病理学者ウォーレン博士が強酸の胃の中で生存、繁殖する細菌を発見し、内科医マーシャル博士と共に、胃炎や胃・十二指腸潰瘍の原因となることを明らかにしてhelicobacter pyloriと名づけ、後に2005年ノーベル賞を受賞した。このことは、旧来の常識に捉われずにそこから逸脱できるような能力を持つことが創造性なのであると教えてくれている。これは医学のみならず、日本の若い人達のための教育に極めて重要なことである。教師の言うことは全て真理ではなく、教科書にも嘘があるということである。
 マーシャル教授はそのピロリ菌を自分で飲んでみて、急性胃炎になったそうである。(IS)

(No078;2007/06/22)


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