医療教育情報センター

医療を受ける心構え −統計数値はマジックか−

 統計の数字にはマジック的要素が含まれていると思う。日本では大学の入試偏差値の高い順に良い大学であるという考えが常識化してしまい、教育ママを生んでいる。しかしこれは筆記試験の点数によって計算されているもので、情熱、使命感、分析力、企画力、決断力、他人への思いやりなどは評価されていない。試験点数は数値化されているので、偏差値を計算できる。しかし情熱などは数値化できない。また試験問題は人間的作業で作っているのである。知識の記憶に頼りがちな学力筆記試験のみの大学の入学者選抜には大きな問題があると指摘されるようになって既に数十年を経過した。医師に必要なものは医学知識の記憶だけではない。それらを駆使する細心さと即座に判断し実行できる決断力も良き医師である資質である。特に医師にとって根本的に必要なものは、病める人々のために役立とうとする人間性であるし、様々な経験や人生観をもつ違った個性の患者さんに接する時の教養である。
 学科試験だけでは評価できないものをどうやって評価するかという大問題に挑戦しながら、入学者選抜方法を工夫し、教育を知識の記憶一辺倒からの脱却を図ろうと、医科大学では40年位前から教育改革運動が始まり、長い努力があって、今や日本全国の80医科大学に波は広がっている。だから学科試験の他に面接や論文にも多大な労力が使われているのである。患者さんのために一生懸命に夜間でも働くのは知識の記憶によって生まれるものではない。一方では医学知識に重大な欠落があれば、患者さんのために役立つ医師にはなれない。
 臨床検査をして、異常に高い或る値が先週よりも下がったと喜ぶのは人情であろう。しかし人間は生き物である。先週食べたものと昨日食べたものは違うのだし、時間の推移とともに気候も生活態度も違うのだ。検査値はもう少し長期間の傾向で見るようにした方がよいのではなかろうか。一喜一憂していては、精神的ストレスが増そうと言うものだ。
 このような治療をすれば治癒率が何パーセントと数字で表されている。80%治癒すると言われれば、多くの人はその治療法を選択する。しかし裏を返せば20%の人は治癒しないのである。統計の数値は過去の実績から計算されるもので、将来どうなるかと予測して選択する参考にはなるが、自分が80%の中に入るのか、20%の方に進むのかは誰にも分からない。神のみぞ知るである。医学に100%正しいとする数値は唯一つしかない。それは、人間は必ずいつか死ぬと言うことだ。だから死という現象に統計的数値はない。大地震や大津波のように自然現象や生物個々の未来のことを100%確実に予測することはできない。人間は神ではない。統計学的に有意に高い方を選ぶだけである。自然界には人間は想定できないことが沢山ある。幾つあるのかも想定できない。想定外のことが起きたと言う人が居るが、全て想定出来るほど人間は賢くはない。想定できないことがあるから、人生や研究は面白いのであろう。(IS

(No086r;2011/08/26)


統計 推計学 治癒率 有効率 入試偏差値

新しい診療理念・バックナンバー