医療教育情報センター

平穏死

 人は病気や事故で命を失わない限り、誰でも年を取って死を迎えることになるが、その時はなるべく苦しまない自然な死を望むのが一般的な考えではないだろうか。しかし現代医療の現場では高度に進歩した生命維持療法により、皮肉な事に容易に死ねない状況になっている。呼吸が困難になれば人工呼吸器、循環維持のために点滴注射、場合によっては人工心肺装置や補助循環装置、食べられなくなれば経管栄養・胃瘻造設、尿が出なくなれば人工透析など種々の延命措置が行われる。年齢とともに身体虚弱が加わり、病気に対する抵抗力も低下した高齢者に延命措置的医療をどこまでするべきか判断するのが困難な問題となる。
 日常生活に介助が必要となり特別介護老人ホームに入所している高齢者の最期の迎え方が問題である。施設で症状が悪化すれば医療の出来る病院へ搬送して、病院で最期を迎えることが多いと言われている。病院ではこのような患者にどこまで積極的な治療をしなければならないか迷うところである。その人の寿命が近づいている場合にそれを少しだけ延長することが本人にとって幸せなのか。2006年の介護保険の改正により特養で看取りが出来るようになり、病院へ送らずに施設で最期を迎える人も多くなってきている。
 2010年に東京の特別養護老人ホーム芦花ホームの石飛幸三医師は“老境の最後、もはや「無理に生かす」医療処置など必要としていない方に、苦しまず、自然に、穏やかに最期の時をすごしてもらう”ことを表わす言葉として「平穏死」を使い、“口から食べられなくなったらどうしますか「平穏死」のすすめ”という著書を出された。特養の入所者が高齢で口から食べられなくなった人が入院した時に胃瘻造設を断り、最期を施設で看取ったことをきっかけに自然な最期を考えるようになり、世の中に問うことになった。
 著書でも強調されているが、家族の納得・同意が大切で、施設に高齢者を預けている負い目から、最期まで最善を尽くす証として病院での医療を望む場合もあるようで、医療の限界とその人の持つ寿命との兼ね合いをつけなければならない。(SF

(No098r;2012/11/16)


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