在宅医療による平穏な看取り

 既に本欄でも紹介されているように(No073r;2010/07/05)(No098r;2012/11/16)、特別養護老人ホーム(特養)に勤める二人の医師が多くの高齢者を平穏に看取った体験から、高齢者の末期は原則として何もしないで見守ると、安らかな最期を迎えられるという“平穏死”を紹介し、大きな反響を呼んでいる(石飛幸三「『平穏死』のすすめ」講談社 2010、中村仁一『大往生したけりや 医療とかかわるな』幻冬舎 2012)。しかし、特養はベッドの回転が遅く、入所を希望しても待機期間が非常に長い。入所できても大部分の施設では最期は救急車を呼び病院に送ることが現時点では普通になっている。
 こうした現状において、尼崎市で開業し、在宅医療を実践する医師が在宅医療でも“平穏な看取り”が可能であることを示す著書を出版した(長尾和宏『平穏死 10の条件』ブックマン社 2012)。長尾氏は17年間で700人以上の患者を自宅で看取ってきたが、在宅での最期は、ほぼすべてが「穏やかな死」、すなわち平穏死であったという。
 在宅での看取りを可能にするには、医師の側からの条件として、「訪問診療」(予め決められた曜日の時間に医師が訪問すること)だけでなく、「往診」(患者の求めに応じて診察に行くこと)にも24時間対応してくれることが必須である。例えば、携帯電話の番号を教えていれば、いつでも直接相談でき、必要とあれば自宅にかけつけてもらうことも可能である。  これに関連して氏は、「医師法20条によって死亡に立ち会わなければ死亡診断書を書けない」と信じている在宅医の誤解を解くことが大事だという。20条は「ずっと診ていた患者がその病気の経過の中で亡くなった場合、24時間以内に診ていればその場に行かなくても死亡診断書を書ける。24時間以上経過していれば、死亡後に改めて診察すれば死亡診断書を書くことができる」というのが正しい解釈であり、むしろ在宅での看取りを支援する内容となっている。
 家族の側からの条件としては、子どもが親の穏やかな死を邪魔していることが少なくないという。親が生前、延命治療を拒否し、自宅で亡くなることを希望して在宅医療を続けていても、土壇場になってひっくり返ることがある。延命治療を医学の進歩と信じている、いわゆる「遠くの親戚」が身近で介護していない負い目もあって、「病院に入れずに家で餓死させるのか」と最期になって病院に送り込むケースである。
 子どもは、親の死を自分の死に置き換えて、自分のこととして考えてみるべきである。親が望む自宅での平穏死を叶えることは最後の親孝行であり、自分自身、死を身近に体験し、強いてはその後の生き方を充実させることにもなる、という氏の言葉は傾聴に値する。

(No102r;2013/03/15) (TI