医療教育情報センター

No133 医師不足と大学医学部定員増

 医師不足を解消するために国は大学医学部の定員を増やしている。平成22年度は過去最大だった21年度を上回り8846人に増員するという。平成20年6月に福田康夫内閣の「骨太の方針2008」で医学部の定員増を閣議決定してから21年に計861人が増員され、現在既に8486人になっている。それをさらに360人増やそうというのである。
 しかし医学生を増やすことで将来の医師不足が解消するのか全く不透明である。特に過酷な勤務や医療訴訟の多い救急、産科、小児科などの診療科の医師が増えるという保証はない。医学生が卒業後にこうした診療科を選ぶかどうかは全く別の問題だからである。医師不足だからと言って、ただ医師総数のみを増やせばよいというわけにはいかない。
 医師総数の多寡の判断材料として国際比較がよく引用されるが、例えばOECDのデータによれば人口対医師数でわが国は先進国中で確かに低い。しかしわが国の医療制度は「自由開業」、「フリーアクセス」、「国民皆保険」という特徴があり、ヨーロッパでは医師は、公務員、準公務員として雇用されているから、単純に人口対医師数だけで比較することには意味がない。医師の地域分布、診療科別偏在、必要専門医数、開業医と勤務医の診療形態の比率、女性医師の実働率など、いろいろな要素を勘案して必要医師数を算出しなければならない。
 医師需給の問題は、これまでも長い間議論されてきている。昭和61年、厚生省(当時)「医師の需給に関する検討委員会」により平成15年までに医学部定員は10%削減が図られてきた。さらに平成6年および10年「医師需給の見直し等に関する検討委員会」の2度に亘る報告でも、このままでいくと医師は過剰になると推計され、引き続いて医学部定員10%削減を続行し、まだ目標達成していない大学に対しては勧告が出された程であった。
 その2年後に臨床研修制度が改正され、母校の大学病院に残る卒業生が減ったことによって大学病院からの派遣医師の呼び戻しが行われ、そのために地域の大学関連病院における医師不足が生じたのである。しかしこれをもって臨床研修制度のせいにするのは短絡的考えである。
 さらにこの時期に勤務医から開業医への転身に一つの動きがあったことも見逃せない。通常、医師は大学病院や大病院で腕を磨いた後多くは開業するが、勤務医と開業医の比率をみると、平成8年時に比して平成14年、16年調査で開業医が著増している。新臨床研修制度の始まる前の平成14年に既に勤務医は減少してきている。それは当時の医師の年齢分布と関連している。平成9年調査によるとわが国の医師は60歳〜70歳代の高齢医師群(多くは開業医)と40〜50歳代(ピークは40歳代)、いわば開業予備群の2峰性であった。それが数年たった時点で高齢医師群は医業を辞め、中年ピークの医師群が開業してその分、大学を含めて大病院の医師数は減少したのである。従って今、医学部定員を増やしても一人前の医師として活躍する頃の日本の医師の年齢分布がどうなっているかを推算しておかねばならない。
このように医師の需給には多くの要因が絡んでおり、目の前の局所的現象だけで医学生を増やしたり減らしたりすることは慎重にせねばならないのである。
 一方、受け入れる医学部からは施設や教員の不足を訴える声が上がっている。医学部の校舎の多くは一学年一定数の学生を受け入れる基準で作られており、留年者を見込むと定員は110人程度が限度である。昨年までの増員で既に過半数の医学部(80校中43校)が110人を超えている。増員のために文科省は実習設備費の助成を予算に盛り込んだが、校舎改修などには手が回っていない。
 教員の不足も深刻な問題である。学生が増えれば当然、教員も増やさねばならないが、それでなくても足りない医学部の教員(医局員)を増やすことは容易なことではない。古くから医学部の教員はルネッサンス的人間と言われ、診療、研究、教育と一人で何役もやらねば勤まらなかった。教員不足を補うため、医学教育に中途半端な医師を補充して質の悪い医学生を卒業させては、将来日本の医療は危うくなる。
 医学部定員の急激な増加は、日本の将来の医療を危うくする危惧があることも考慮して、慎重に議論せねばならない。(NH


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(No133n;2010/01/18)


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