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No177 新型インフルエンザ研究論文発表の差し止め

 WHOはトリインフルエンザ(H5N1)に関する貴重な2編の研究論文の学術雑誌発表を止めるよう勧告した。この論文は人工的にウイルスを変異させ、ヒトへの感染能力を持たせる可能性を研究したもので、将来の流行に備えたワクチン開発に役立つと研究者たちからは評価されていた。しかし米国政府の諮問を受けた研究機関からの指摘で、米国、英国の科学雑誌が発表を見合わせた。 米国政府の懸念は生物テロに悪用されるというのである。
 WHOは22人の専門家による緊急会議を本年2月17日に開催し、この研究は極めて有益であるとしながらも、当分の間、論文発表はしないよう勧告した。そして関連研究の再開の条件として、研究施設の安全基準の整備、研究の安全性を社会が認知することとした。
 高病原性トリインフルエンザ(H5N1)は、ヒトに感染すると、60%近くが死亡すると言われている。政府はこれが流行すれば、国内で最大64万人が死亡すると推計している。
 一方、テロリストはこれを悪用して生物兵器を作ったり、実験室から危険なウイルスを盗用したりする心配もある。現に米国の3・11事件のあと炭疽菌がテロに使われた。米国政府が今回の論文発表差し止めを求めたのも、テロへの悪用が現実に行われないように考えたからであるという。
 危険な細菌やウイルスを扱う研究は、病原微生物によって起こる病気を絶滅することを目的として行っているのである。人類の幸福のために行う研究が、逆に人類を不幸に陥れるのであっては何にもならない。  危険な微生物を安全に扱うための法的規制は、日本をはじめ各国で整備されているが、こうした規制とは別に、純粋に行われた研究の成果がテロリストたちに悪用されてはならない。
 科学の進歩と人間の倫理の問題が改めて問われる事例と言えよう。かつて天然痘患者が地球上から絶滅されたとWHOが宣言した時(1979年)、今後、天然痘ウイルスとワクチンの試料を研究室で保管すべきかどうかということが論議された。1995年、各国政府は保管していた天然痘ウイルスとワクチンを廃棄したが、最終的には米国とロシアだけが液体窒素のもとに凍結保存している。もし将来、天然痘が再発した時、現代の人たちは天然痘の予防注射を受けていないから、それは瞬く間に19世紀にJenner が種痘を発明する以前の世界的大流行に逆戻りするであろう。人類が叡智を傾けて撲滅した感染症が、テロリストという非人道的な行為によって人類の幸福が侵されてはならない。(NH


WHO 研究論文発表の差し止め トリインフルエンザ テロリスト 天然痘
(No177n;2012/03/19)


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