医療教育情報センター

No196 乳がんの治療  −薬物治療も進歩しています−

 手術でがん病巣を摘除するという治療は昔から行われている。外科的に乳房を切除することは欠損治療defect healingと呼ばれ、救命のためには致し方のない治療であった。乳がん手術の基本的な考え方は、拡大手術から縮小温存手術へと劇的に変わってきた。よく調べて手術範囲を決めれば乳房を全部切除しなくてもがんの存在する局所とリンパ節切除を行って乳房を温存できるとする考え方に変貌している。乳がんではリンパ節転移が起こることがあるが、最初に転移を起こすリンパ節を衛兵リンパ節sentinel lymph-nodeと呼ぶ。手術の時にそのリンパ節に転移が無ければリンパ節の廓清切除は必要ない。しかし小さな転移があるか無いかは肉眼では判断できない。そのために病院には病理診断医がいる。手術室から病理室へ検体が運ばれると顕微鏡標本が数分で作成され、病理診断医が診断する。
 手術ができない場合や再発が起こった場合には保存的治療(薬物治療)が選択される。放射線治療もあるが、最近では乳がん細胞の特徴を調べ、個々の乳がんにあった薬物療法が選択されており、効果をあげている。これもいわゆるオーダーメイドメディシン(注文治療)である。同じ乳がんでもそれぞれに個性があることが分る。
 乳腺は女性ホルモン(卵巣からのエストロゲン、プロゲステロン)によって増殖が促進される。これらのホルモンがくると、乳腺の細胞は受容体(レセプター)と呼ばれるホルモンを受け入れる入口を持っていて、そこからホルモンを細胞内に受け入れる。乳がんになってもがん細胞がこの受容体をもっているものがある。この入口(受容体)を塞いでしまうのが受容体阻害剤(ブロッカー)である。血圧もこのような、あるいはこれと似た機序で調節されている。その時に細胞が非活性の物質を分泌し、血液の中で酵素によって活性化した物質に転換させることがある。これに働く酵素を転換酵素と呼ぶ。この転換を阻害するものもブロッカーと呼ばれ、多くの血圧降下剤がつくられている。
 病理組織学的に顕微鏡下で、あるいは細胞を取り出して乳がん細胞の受容体の有無や量あるいは遺伝子を調べることができる。
 女性ホルモン受容体を阻害する抗エストロゲン剤と閉経後に男性ホルモンからエストロゲンへの転換を阻害するアロマターゼ阻害剤はホルモン療法によってがんの発育を抑える。HER2 (Human epithelial growth factor receptor‐2、ヒト上皮細胞増殖因子受容体‐2)ブロッカーであるハーセプチンは受容体と結合してブロックし、がん細胞の増殖を抑制する。がんとは上皮細胞から発生する悪性腫瘍なのである。Ki67はがん細胞の増殖能力を示す遺伝子で、これが陽性ならば一般的な抗がん剤が有効である。再発後も使える。VEGF(vascular endothelium growth factor、血管内皮増殖因子)という生理活性物質は血管の増殖を促す。がんはがん細胞のみからできているのではない。がん細胞が生きて、発育するには栄養や酸素を運ぶ血管が必要である。これの受容体をブロックすることは血管増殖を阻害し、がんを兵糧攻めにすることになる。
 個々の患者さんについてがん細胞の種々の特徴を把握して、乳がんに対する保存療法のメニューが乳腺専門の医師達によって選択されるのである。(IS


乳がん ホルモン療法 受容体 転換酵素 オーダーメイド医療
(No196n;2013/02/08)


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