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死を受け入れた看取りの医療―患者が医者だったケースが教えるもの
No119r (2014/04/04)
 作家で医師の久坂部 羊氏が本年1月、堺市で行った講演「医者の父がめざした"明るい最期"」がNHKラジオ深夜便で放送され、大反響を呼んでいる。笑いと感動の中に、医療のあり方や役割について改めて考えさせられる。個人的な体験ではあるが医療と介護の常識を覆すものがあり紹介したい。
 氏の父(以後、父)は1926年堺市で生まれ、麻酔科医であったが2013年に86歳で自宅で亡くなった。かかった病気は糖尿病を始めとして、亡くなるまでに肺結核、足指の壊死(えし)、白内障、尿閉、前立腺がん、脊椎の圧迫骨折、誤嚥性肺炎など少なくない。
 父の医療に対する基本的な考え方は、「治らない病気を無理に治そうとするから苦しみが発生する」「ストレスが諸悪の根源。好き放題にしているのが体に一番よい」「医者は病気が自然によくなる自然治癒力について研究しようとしない」である。
 父は30歳代のとき、検査で糖尿病が見つかったとき、カロリー計算をしながらきちんと食事療法に取り組んだが、2,3カ月たっても血糖値が改善しない。ストレスのせいで血糖値が上がるのではないか。検査すると患いが出ると検査をやめ、自分の体調をみておればよいと考えた。もともと食いしん坊で甘いものが大好きだった父は、その後も食べたいものを食べ、たばこはすぱすぱ吸う生活を続けた。
 ところが、体重が半年で60kgから40kgに減り、咳が出て胸が痛くなった。“肺がん末期”ではないかと考えたが病院に行かず様子をみていたが、意識を失い救急入院すると、血糖値が700mgもある糖尿病性昏睡であった。咳の原因は肺結核の再発と判明した。医療を全否定しているわけではないので糖尿病と肺結核の治療を受け入れた。しかし、退院すると、インスリン注射をしながら甘いものを食べタバコをやめなかった。
 その後、糖尿病性合併症の一つである足指の壊死(えし)になったとき、主治医からただちにタバコを止め、指を切断することを勧められた。しかし、父は自己判断でインスリンの量を増やして様子をみると、黒ずんだ皮膚のカサブタが取れ、新生したピンク色の肉芽組織が現れた。
 76歳のとき、足腰が弱り尻餅をついて脊椎の圧迫骨折をきたし寝たきりの状態になった。食欲がなくなり一切食べようとしない。無理にでも食べさせると家族は安心するが、体が必要としていない状態だと氏は判断。水500ml以下、100カロリーで様子を見ると3週間後、「お腹がすいた」と食欲が出てきた。1ヶ月半後に起き上がるとすぐに歩け、床ずれもできていなかった。
 85歳のとき、尿が出ない尿閉になり管を入れて出してもらった。診察した市民病院の泌尿器科部長は前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSAが105(正常は5以下)と異常高値を示しており精査治療を勧めた。このとき父は「シメタ!これで長生きしないですむ。有難うございました」と言って帰ろうとした。部長が骨転移から痛みが出てくるかも知れないと治療を勧めると「私を脅す気か?医師の横暴だ」とケンカ別れし次の診察に行かなかった。
 こうした病気の受け止め方は、家族の理解と協力があってはじめて可能である。氏は、父の気がすむようにしたらいい、親孝行は親が望むようにさせることであり、子どもの価値観を押しつけることではないという考え方である。母親を説得したことも大きい。
 いよいよ最期が近づき家族が父を囲んでいるとき、父が庭先の薔薇を見て「綺麗だ」と言った。死を受け入れていないと死なないためにいろいろ心配するが、家族全員が死を受け入れていると時間がおだやかに流れる。食べない、飲まない、尿が出ないことに何かしようと思わない。本人が苦しまなければよしとして見守る。父は最期、誤嚥性肺炎になり死ぬ前の晩「しんどい」と言ったが、病院に行こうとはせずそのまま息を引き取った。
 人間は生物。死ぬとき一定の苦しみは避けられない。苦しみをゼロにはできない。医療は死に関しては無力であり、医療を受けるとかえって苦しみが大きくなることが少なくない。父は最期まで楽になりたい、こういうふうに死にたいとは言わなかった。父は無欲で苦しみは覚悟していたからこそ実現できた“明るい最期”であったといえる。
 氏の父はいろいろ病気をしながら自身の考え方を貫き、治る医療は受け入れ86歳の寿命をまっとうした。これを可能にした医師父子の対応は多くの示唆に富んでいる。真に患者中心の医療とは何か。学ぶことが少なくないと考える。
TI

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