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第15回市民公開シンポジウム 医学・医療の過去・現在・未来 基調講演要旨

基調講演 医学・医療の過去・現在・未来 橋本信也

橋本信也  医学知識や医療技術の進歩は目を瞠るものがある。一昔前には考えられなかったことが、現在では日常診療で普通に行われている。我々が医学生の時にはCTやMRIはなかった。一方、診療上の理念も「然り」である。例えば、インフォームドコンセント(説明と同意」という概念は、今でこそ社会でよく知られているが、一昔前までは存在すらしなかった。そもそもこの概念の発生は1894年のライヒ裁判(ドイツ)に遡る。医師が正しいと判断して行った手術により、たとえ患者は治っても、患者本人の同意がなければ傷害罪が成立すると判決された裁判である。医師の説明義務と患者の自己決定権を認めた嚆矢である。その後多くの裁判例を経ながらインフォームドコンセントは、ヘルシンキ宣言(1964年)、患者の権利章典に関する宣言(1972年)など、医の倫理的性格をもつ概念として熟成した。わが国では1990年(平成2年)日本医師会が報告書を発表して広く普及した。

 同様の例として「がんの告知」がある。昔からアメリカではほとんどの医師が患者にがんを知らせていると言われていたが、これは誤りで、アメリカでも1961年には88%の医師はがんを告げなかった。1979年になるとこれが逆転し、98%の医師ががんを患者に告げるようになった。その理由には多くの因子が絡んでいる。筆者は慈恵医大在職中の平成6年(1994年)、当時の第3内科医局員55名に「がん告知」のアンケートを行った。その頃、「必ず知らせている」医師は一人も居らず、「知らせていない」は13%、「ケースによって知らせている」は75%であった。しかもケースによって知らせている場合も、家族より先に患者に知らせる医師は一人も居なかった。このアンケート調査は今から約20年前である。現代社会では医師は患者にほぼ100%、がんを告知しているのは周知の通りである。
 こうした変遷は医学の進歩と社会の変貌に起因するところである。この先、医学は更に進歩し社会も変化する。遺伝子診断、がん治療、再生医療、人工知能、ロボット技術など、現在の我々の想像の範囲を超えてあらゆることが可能になるであろう。その中には倫理面で懸念すべきことも出てくるかもしれない。
 一方、社会は高齢化を迎え、2025年には75歳以上の高齢者の総人口に占める割合は18%(5.5人に1人)に達する。こうした状況の中で医療や介護サービスも変わることは必至である。医療費・介護費の高騰に押されて変わらざるを得ないとは思うが、入院病床の削減を在宅医療で補うにも限度がある。その上、少子化により介護の形態も、胴上げ型(9.1人に1人)から騎馬戦型(2.4人に1人)、更に肩車型(1.2人に1人)へとなることが危惧される今日、国民一人一人が考えねばならない課題は多い。